ひとり終活

独り身還暦 終活中

昨年1年間の家計集計してみました

2025年の1月から12月まで、毎月家計簿をつけてきました。

今回はせっかくなので年間の集計もしてみようと思いましたので書き留めておきます。

 

家賃・駐車場:945,000(更新料・火災保険料1年分込み)

光熱費:115,000

通信費:45,000

生命保険:63,000

食費:250,000

日用品:240,000

被服:300,000

娯楽:40,000

交通:1,000

交際:15,000

健康(サプリメント等):130,000

美容:160,000

猫:180,000

その他:200,000(車保険・車検・自動車税積立、ふるさと納税など)

 

あとはiDeCo、NISA

残りはネット銀行の普通預金に。(金利が良いので)

 

今後もしも何かあって収入が減ったとしても傷病手当(もしかしたら障害年金、失業保険など)の生活に戻るだけです。

どの制度にも該当しないような状況(あまり考えられないけど)になったとしても年金受給までの間生活保護を受ければ生きていけるでしょう。(その前に貯蓄を使い果たせば、という条件付きなのでできることなら避けたいとは思っています)

でもどうしても必要な状況になれば受けられるはずです。

 

そして年金生活が始まる頃には今よりもっと食が細くなるだろうと思うので購入量が減る=食品が高騰したとしてもはあまり変わらないであろうと予想。

光熱費も、給食や失業している間のことを考えると仕事で家にいない今と比べてもそこまで増えているわけではないので何とかなりそうかな。

 

その他に

・車を手放す(駐車場代・維持費(自動車税・保険料・車検や点検費用)が要らなくなる)

・贅沢費削減(美容院は近くにあるお安い店舗に変える。エステやマッサージは行かない。サプリメント・被服費を減らす等)

 

ということを考慮して計算すると年金の範囲内で賄えそうです。

 

適応障害で休職(後に退職)するまでは、今の収入より150万くらい多かったのに

ほとんど使い切ってしまうような生活でした。

生活費(食費や光熱費)、教育費も今より多くかかっていましたが、それ以外にも被服費や趣味(アウトドアや旅行など)に使う費用が多かったです。

 

その頃は今ほど物価が高くなかったですし人も少なくて快適に楽しめていました。(そしてアウトドアをするにしても今のような熊騒動もなかった)

その後適応障害になったこともありましたが、通常の生活を取り戻した今も再開したいとは思わなくなりました。

快適に過ごしすぎたので今の人込みとか物価高の中では以前と同じように楽しめないと思うからです。

 

もっと早くに貯蓄を始めていたら余裕で老後資金も貯められていたんだろうなあと思いますが、その分趣味を楽しめたので今更言っても仕方ないとも思います。

 

一人暮らしになって

傷病手当で生活するようになって

仕事もできなくなり退職して

 

本当に心細い日々でした。

 

それでも傷病手当で何とか生活できたことで、この先始まる年金生活も何とかなると思えるようになりました。

 

欲しいと思ったらすぐに買っていた本を今は図書館で調達するようになり

今の倍以上かかっていた被服費も、本当に着る服だけを厳選して着回せるようになり

同じく今の倍以上かかっていた食費も節約できるようになり

おまけに体重も減って、健康診断の結果も良くなりました。

 

転居前は戸建てに住んでいたので単純に比べることは出来ませんが、光熱費も半分以下(夏冬は1/3以下)になりました。

 

図書館で借りて読んだ年金で生活されている方々の本には私がもらう予定の年金よりもっと少ない金額で生活している方もおられました。

そんな実例も励みになりました。

また、今までの経験があるから旅行記などの本を読んでも自分の体験を思い出したり場面場面が想像できたりしてより楽しめているのではないかと思います。

 

「年金は65歳からもらうぞ」と(今の所は)決めているので、65歳以降、何をして過ごそうかなとワクワクします。

収入(年金の額。しかも少ない)は決まってますから、時間(手間)をかけてお金をかけない生活をしなきゃとか、せっかく時間があるのだから小遣いを貯めてたまには小旅行もしてみたいな、とか。

以前のようにお金をかけて時間や手間を節約するのとは逆の方法で楽しめるようになりたいと思います。

そしてもしも出来る事ならば、というか限りなく妄想に近いですが

海外に長期滞在(一人暮らし)をしてみたいという夢もあります。

 

老後資金を貯めてこなかったアラカンシングルでも

何とかなるものです。

 

誰も何とかしてはくれません。変わらなきゃならないのは自分自身でした。

そして人任せではないからこそ、自分の考え方次第で(自分がやることで)生活は成り立っていくのだとわかりました。

 

3年前の私は辛くて心細くて死んでしまいたいと思っていました。

その時期が約1年間続きました。

ほとんど何もせずにどうやって毎日を過ごしていたのか思い出せません。

 

それでも生きていたから今がある。

本当に月並みな言葉ですが。

「生きろ」という言葉、当時ネットサーフィンをしている時によく見かけました。

精神を病んでいる人が見るようなサイトで、必ず載っていた言葉でした。

 

色々な助言が書いてあっても、「それが出来ないからこんななんだよ」と泣きながら読んでいました。

自分には出来ないんだ、とダメな人間なんだと思ってまた落ち込んで。

 

それでも今になればその時の言葉が正しかったことが身に染みてわかります。

 

渦中にいるときはわからなかった。

 

その、「わからない」気持ちも今だったらわかります。

 

だからこそ伝えたいです。

どんなに辛くても「今死んではいけない」って。

 

何もしなくていい。

泣いてるだけでもいい。

 

たとえ何もなくても、時間があります。

必ず時間が解決してくれます。癒してくれます。

 

まさに今、渦中にいる人には信じられないと思います。

でも、信じなくてもいいから、とにかく生きてください。

 

「胸の痛み(病気が原因ではなく)」って本当にあるんですね。

胸がズキンとするやつ。

相手に何か言われたりされたりしたことで自分の胸が痛む。

今思えば今回の適応障害の原因になった相手と付き合っている頃

そんなことが何度もありました。

 

でも今同じ人から同じことをされても

何も感じないと思います。

その代わりその相手は「世界で一番想っていて大切にしてくれる存在を自ら手放したんだ」

と思うようにしています。

私が勝手に思うだけですけど。性格悪いですけど「ざまーみろ」とでも思わないと自分(の精神)がやっていけないので。

 

松任谷由実さんの唄にある

「ああ少しずつ 何も感じなくなっていくのね」って

ホントなんだな。

何気なく歌ったり聴いたりしてたけど

すごくお若いころにこんな歌詞を考えた松任谷由実さんはすごいな

と、こんな年になってようやく気付きました。

 

私自身も、これからの生活に不安がないわけではありません。

それでも前向きに捉えて人生を楽しみたいと思っています。

全ては捉え方次第。自分次第。

考え方の癖に気づいてちょっと変えてみる。

それだけでも少し気持ちが軽くなります。

 

この想いが少しでもどなたかに届きますように。

 

適応障害になって以来3年間、大好きだった音楽視聴が出来なくなっていた私が

今回の記事を書いていてふと松任谷由実さんの「DANG DANG 」のフレーズが浮かんだように

時間に少しずつ癒してもらえるのだと信じて生きていきたいと思います。